NEWS クローバープラスのニュース

一人一人はいい人。

2018.6.8

日大のアメフト問題が世間を騒がせてしばらくなります。
友人や諸先輩と、このニュースのお話しする機会がありました。あくまでマスコミが発している情報だけがニュースソースですが、いろんなお話をしました。

 

 

 

「内田元監督も含めて、一人一人は、話すといい人なのだと思うのだけれど、組織の肩書や立場、顧問料などのお金のやりとりで、知らない間に正義がすり替わってしまったのだね。自分たちは気を付けようね。」

 

 

 

私も同感でした。

正義が知らない間に別の正義になることは、誰にでもあり得ることです。組織にいれば、こっちの正義の方が生きやすいし、間違いではないから……と。

 

この人と一緒にいて、何が得られるかを天秤にかけたり、

得られるものがあるから一緒にいてくれるんじゃないか とか

報酬が高いから納得いかなくても言うこと聞くとか

 

どれも間違いではないから、否定はできない。価値観の違い。

 

 

それが自分と違った考えでも。

 

正義が違って
悪に見える人でも、

どんな嫌な人でも、

探せばいいところがいっぱい出てきます。だから一人一人はきっと、いい人です。

 

 

 

「ボスの言う通りにすれば、守ってくれると思っていたかも知れないけれど、
ボスは守ってくれないということも、
ボス依存の人は気を付けてないとね。」

 

 

 

私もそう思います。

ボスと、肩書き以上なれ合い以下の関係を、

築くことができているかが大事だと思います。

 

 

 

洗脳に近い状態にあることが、自覚できていない恐怖。
一人の人間として判断することができなくなっていることの恐怖。
私も若いときに組織の中では洗脳が楽ちんという感覚を経験しているので、身をもって人ごとではないと思っています。
なので、ボス依存の方や、肩書で態度を変える、肩書き星人の方を見ていると心配になります。

 

 

アメフトを経験している人からは
「アメフトでは当たり前のことで、そういう時代だった時もあるから、内田元監督を責める気にならない」と。
こういう時代が正しかった時も、確かにあって、そこから正義や信念を学んだ人もたくさん親になって社会生活を営んでいます。

ただ、その環境が時代とズレてきていると感じれる人が一人もいなくて、感じていても声を発することができない「環境」が問題なのだと思いました。選手も監督もコーチも、一生懸命な状態であればあるほど、常識が非常識と変化していたことを感じることができなかったのかな。私は人ごとではないと思います。

 

 

改めて、

 

何のために、その立場や肩書や権限を得て、社会の中で仕事をしているのか、
私も今、考える機会を頂いています。

 

 

 

権限がどんどん大きくなり、
肩書は偉くなり、
さらに経験が自信になる……
それと同時に、人としての夢やビジョンも、
大きくならなければならないのですが、
追いつかないのでしょう。

 

肩書や権限が変わるとき、
自信がみなぎるときは、
ビジョン修正の時でもあると思います。

 

 

もし、人としての夢やビジョンを、共に大きく描けない関係になってきたな……と思ったら、距離を置くことも必要です。

しかし、

多くの方はこの流れを壊したくなくなるのです。それも分かりますが、一つ上の関係を築くことはできると思います。

 

 

 

 

子供たちの父や母として、
胸を張れて、多くの人から感動と感謝の武勇伝を語られる方が、私は本当に強くすてきだなと思います。それは、カッコ悪いエピソードも含めてです。

 

 

一人一人はお話するといい人。
多分、悪人は私の周りにはほぼいません。
しかし、組織や肩書きが変わることで、「株を上げる人と、下げる人」がいるのは、事実です。

例えばですが、社長なのに会社の責任から逃げる代表取締役は、肩書だけで高い役員報酬をもらっていて、「株を下げる」ことになります。

 

 

 

アメフト問題、相撲問題など、組織の倫理が問われるニュースが世間を賑わせていますが、
ルールや倫理のないボスザルオンリーな組織は、淘汰されていく時代なのだと感じます。もし、自分の会社の体質が時代と合っていないと感じたとき、そこで「変えようぜ、変化しようぜ」と声を上げられる「環境」がありますか。

 

 

 

自分が扱っている技術・仕事で、心から望む「ありがとう」を得ているのか、振り返る機会をいただきました。

 

包丁を扱う料理人

 

法律を扱う弁護士

 

広告を扱う広告マン・・・・・・・

 

スキルを間違って使うと、知らぬ間に人を殺めることもできる。

 

スキルを正しく学び、扱うこと、あと何年生きるかわかりませんが日々精進です。

 

 

こういうことを考える機会をいただいた、今の環境に感謝して、

改めて、全てに真摯に、正直に向き合っていきたいと思います。

 

月刊「かけはし」(6月号)

2018.6.5

kakehashi_vol135タイトル名:月刊「かけはし」(6月号)
サイトURL: http://www.ja-akita.or.jp/tanken
ご寄稿ページ:タレント/モデル 安田 聖愛 様よりご寄稿をいただきました。

月刊「かけはし」(5月号)

2018.5.28

kakehashi_vol134タイトル名:月刊「かけはし」(5月号)
サイトURL: http://www.ja-akita.or.jp/tanken
ご寄稿ページ:アイドルグループ アップ ガールズ(2) 吉川 茉優 様よりご寄稿をいただきました。

月刊「かけはし」(4月号)

2018.4.13

kakehashi_vol133
タイトル名:月刊「かけはし」(4月号)
サイトURL: http://www.ja-akita.or.jp/tanken
ご寄稿ページ:株式会社佐々木常夫マネージメント・リサーチ 代表取締役 佐々木 常夫 様よりご寄稿をいただきました。

月刊「かけはし」(3月号)

2018.3.13

kakehashi_vol132タイトル名:月刊「かけはし」(3月号)
サイトURL: http://www.ja-akita.or.jp/tanken
ご寄稿ページ:エルヴィスプレスリー・トリビュート・アーティスト 桐生 大輔 様よりご寄稿をいただきました。

♯残飯、タッパ、1食分

2018.2.25

完食は美徳という価値観が抜けません。

 

昼夜に外食をすると、農家や調理してくれたシェフの手間や思い、「命いただきます!」の生きとし生けるものへの礼儀、さらには「私は食いしん坊」という現実と、いろいろなことが重なって、

いつもいつも、「もったいない病」が発症してしまう。

 

 

私、そんな日々の積み重ねで、とうとう糖尿病予備軍とか、中性脂肪高過ぎ!に直面。いよいよ不健康が現実になってきました。

 

 

自己管理ができていないのでしょう。そうでしょう。そうでしょう。
自分事ながら、すみません、それはいったんちょっと置いておいて、

「もったいない病の予防案」として、もしも、もしも、昼夜の外食時にこんな常識(システム)がまかり通ったらうれしいなと言う、個人的な勝手な案を書かせてください。

 

残ったそれ、タッパに詰めて帰りたい(自己責任で)

 

 

ひもじい人に見えますか(´。`)

本音を言えば、腹八分目にして、今日の夜ご飯にまたは明日の朝ご飯に、この残りを食べたい。

朝の忙しいときに一食分作る手間が省け、食材も無駄にしません。

外食していると、よく、食事の途中、腹八分目でいったん休憩してしまいます。まだ食べ物はテーブル一杯にあるのですが、まぁまぁおなかいっぱいになって来た時。この時に食事を終えられたらと、最近よく思います。

 

 

「残飯は タッパに積めれば  一食分」

 

 

例えばですが、タッパに自己責任シールを貼ったら(消費日時をお店の人に書いてもらって貼るの)、タッパで持って帰ってもいいとか、もしくは「自己責任タッパ」なるものを新しく作って、条例でルール決めて、生もの以外なら、6時間以内には食べるか廃棄することとか、細かくルールにして。この際、特区にするとか・・・(詳しくないので浅い考えですが)

 

 

ランチもディナーも、1食頼んだら2人分の量が出てくるお店も多く、最高においしくて大好きなお店でも、量を考えて値段も下げて欲しいと思うこともしばしば。「メニューの量を考える会」という会ままだ無いようですけれど、大中小みたいに、同じメニューの量を細かく設定するとかしてくれると、本当にうれしいな。

 

食べ物をガンガン捨てて、店舗増やしている外食産業ってどうなんだろうって時々思うのです。

 

 

でも、でも、もしかしたら一部の農家さんにとっては

 

 

「捨ててでも 買ってくれれば それが神」

 

 

なのかもしれません…

 

 

 

こちらは秋田市のもったいないアクション
http://www.city.akita.akita.jp/city/ev/cp/tabekiri.htm

もったいないアクション協力店さんが行っているという「食う~べえタイム」。はじめて聞きました。食べ残しを減らすための取組でなくて、食べられる量を個人が選択できる取り組みをすべきではないのか。そうなると、惣菜とか「中食」で食べれば?ということになるのかな…。「外食」では、コストとか商売とか、【彼方立てれば此方が立たぬ】状態なのでしょうけれど…

消費庁「食べ物のムダをなくそうプロジェクト」
http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/information/food_loss/

プロジェクトという大枠はありがたいのですが、思うところがいろいろありすぎます

 

そろそろ、一つ一つのお店が、自分たちのお店の残飯0・食品ロスへの取り組みや考え方を提示して欲しいと思います。

 

 

飲食店やホテルで忙しく働いていると当たり前に食べ物をガンガン捨てます。私も飲食店でバイトしていたから分かります。

 

でもね、

 

 

「残飯は 1秒前まで  客の物」

 

 

あんなに精魂込めて作った野菜たち、あんなにコストかけて流通に乗ってきた食材たち。別のことに価値が置かれている様な気がします。

 

先日、子育てとお仕事をがんばる友だちと、ランチをしました。平日ランチは彼女にとって唯一ゆっくり食事ができる時間だそうです。食事も終盤を迎えた頃、彼女が「この残り物持って帰りたい。おいしいし、食材もいいものだし、夜ご飯の1品になるし、最高なのになぁ。今、おなかいっぱいだから食べらんねーし。残すしかないかな。食い意地はって食べようかな。旦那にも食べさせたいな。私って、やっこかな…」って、泣きそうでした。一食、一品、ラクしたい働く母が、食材にこだわった飲食店でランチを食べて、残したときに、こんな風に思うことを知り、私の心はキューってなりました。

 

そして、席を立ったとたんに、皿の上のそれは、残飯になりました。

 

 

 

 

「食べる」ことと同じくらい「捨てること」をもっと意識改革しないといけないと思いました。・・・なぜか、ナスDを思い出した。

こんな国もあるんだなぁ。お国柄もあると思うのですけれど。

https://grapee.jp/412018

 

 

食いしん坊の個人的な意見でした。
ウオーキング1日30分と週末時々バスケ、がんばります。

壁と卵

2018.2.9

2009年、村上春樹さんがエルサレム賞を受賞した時に、イスラエルのエルサレムで「壁と卵」を例え話にした演説をしました。

 

 

村上春樹エルサレム受賞スピーチ
https://www.kakiokosi.com/share/culture/89

この時の「壁」と「卵」の表現を思い出す出来事があり、今更ながら腑に落ちることが重なったのでブログに残しておこうと思います。

 

 

村上さんは、壁を「システム」と表現した上で、自分は常に卵側に立つと話していました。このスピーチを読み終えた時に、私が浮かんだ絵(イメージ)は、

大きな壁に寄りかかり目を閉じる卵Aさんと、壁から離れたところ(でも壁のおかげで日陰の恩恵は受けている場所で)殻が割れないように 自立しようともがき、起き上がり小法師のようにコロンを繰り返す、卵Bさんでした。

 

壁に寄りかかっている卵さんAの方が生きやすそうです。壁が厚く頑丈であればあるほどそう感じました。

 

 

本来このスピーチは、壁=ミサイルや爆弾や戦車、卵=非戦闘市民を指し、イスラエル側を批判し、パレスチナ自治区の立場に立っている意味合いだと想像します。国際的なメッセージであることは間違いないのですが、「戦争」のない今の日本人にとっても深い意味のあるメッセージだと感じました。なぜなら、「システム」という恐ろしくも頼りたくなる「流れ」があるからです。

 

 

村上さんは、「システムに生命を任せてはいけません。システムが我々を作ったのではありません。我々がシステムを作ったのです」とも話しています。システムに魂はないと言います。

 

円滑に暮らすために作られたはずのシステムが、「システムありき」に乗っかって生きる人たちだけになると、だれも考えなくなってしまいます。システムに乗っかっているだけで「仕事」とは言えず、何も考えない人が増え、AIが間違って発展してしまった未来を想像しました。

 

 

人としてどうする?という考え方(自分個人の考え)と、システムに乗っからず客観的に捉えた考え方(公的な第三者の立場になった考え)、両方ないと、正しいことをしたと思っていたのに、蓋を開けたら知らぬ間に犯罪で、後悔を繰り返すことになると思いました。これらの判断は難しいし、瞬発的にできないかもしれないけれど、こうした判断が明暗を分けることを自分の中に擦り込みたいと思います。日本人の場合「NO」と言えない空気があるので意識して生きないとシステムにのまれてしまいます。

 

システムに寄りかかる生き方も、そうでない生き方も「あり」ですが、「人としてどっち?」を心に常に問うてないと、システムに押しつぶされてしまうことが起こると思います。

 

システムを作る人間は責任重大であることも心に留めたいと思います。

月刊「かけはし」(2月号)

2018.2.9

kakehashi_vol131タイトル名:月刊「かけはし」(2月号)
サイトURL: http://www.ja-akita.or.jp/tanken
ご寄稿ページ:ヤマハ発動機ジュビロヘッドアスレティックトレーナー 明石 渡海男 様よりご寄稿をいただきました。

グレーゾーンからの法規制

2018.1.29

民泊についての記事があり、民泊需要が高まっていることを数字で知る機会がありました。訪日外国人へのアンケートで、8人のうち1人が「有償での住宅宿泊」、すなわち「お金を払って住宅に宿泊した」と書いてありました。私自身、民泊の取材・編集がジワジワ増えてるなと、「民泊」需要が増えているのも少しだけ肌で感じていました。

 

 

「今日から我が家は民泊します!」と個人事業をいきなり始めても問題ないのかなとずっと疑問でした。私が民泊経営者を初めて取材したのは、今から15年くらい前だったと思います。子育てを終えた60歳くらいのご夫婦がほとんどで、ほのぼの無理なく経営している感じでした。「簡単に宿泊事業を始めているけれど許可いらないのですか?」。そんな現場の空気が寒くなってしまう質問を繰り返しながら取材してしまったのを思い出します。明確な答えは編集者からもなく「いいから原稿早く納品」と。ほどなくして「グリーンツーリズム」と言う言葉を聞くようになり、「民泊」「農家民宿」という言葉が流行のように聞かれるようになりました。

 

 

 

補助金が投下されて、民泊のページ物や特集を作る機会が多くなって来た中で、それらの民宿が合法で経営されていたのか否かまで調べて取材している編集責任者は希有だったのではなかったかと思います。

 

そして、ネットカフェは泊まることを目的としていないので、風俗営業法が縛りです。ホテルや旅館は旅館業法で規定されています。ネカフェに泊まることは合法なのか?という疑問もありました。「ネカフェ難民」という言葉も出てきていますが、調べてみると、ネカフェで泊まることを規定する法律がないので合法でも違法でもないというグレーゾーンという意見が多くありました。だから泊まる人もいます。

 

 

昨年、住宅宿泊事業法が国会で成立。観光庁のホームページに詳細が載っていました。6月から施行されるということです。いよいよ、民泊が法の下の平等でスタートしました。トラブルも多いからこそ法ができたのだと思います。

 

グレーゾーンだった民泊が法規制され、どう淘汰されていくのか見ていきたいと思います。

 

ここ5年くらい、ルールや法律が重要視されて、団体や業界が整備されているのを感じます。人間関係や情や古き良き…ということより、ルールや法が最強という時代になりそうです。

 

流れに逆らわず、見誤らず、改めて、一つ一つのお仕事を大事に、その業界のことを勉強して邁進したいと思います。

月刊「かけはし」(1月号)

2018.1.12

kakehashi_vol130タイトル名:月刊「かけはし」(1月号)
サイトURL: http://www.ja-akita.or.jp/tanken
ご寄稿ページ:ロンドン世界陸上競技選手権大会 日本代表 小林 快 様よりご寄稿をいただきました。

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